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和製RPG批判

http://enixcomic.fan-site.net/game1.html
上記urlはゲームについての考察で、ずいぶん古い記事も多いのですが非常に共感しました。
文章は読みやすく、内容も洗練されていてすばらしい。

10歳ほど著者の方のほうが年が上で、特にゲームセンターについての言及が多い点はジェネレーションギャップを強く感じます。
著者と対照的に僕はインターネットでもっぱら海外のプレイヤーと戯れながら貪るようにゲームしたので。10年でもっとも熱のあるゲームの場所が移動したんだなあ。

触発された為、和製RPGについて思うことを書いてみます。
そうはいっても僕もまともに和製RPGの卒業は確か12年ほど前で、DQ5、FF6までしかプレイしていません。ポケモンは2年ほど前も新作をプレイしたので、唯一例外的にプレイしたRPGはポケモンです。


和製RPGのプレイを辞めた理由

たかひろさんの主張でもっとも共感できた一文を挙げます。

今のRPGは「戦闘システムつきストーリー鑑賞ゲーム」だ

この一文に尽きる。
自分の好奇心を満足させる目新しいゲーム性、インタラクティブ性を12年前和製RPGから全く感じなかった。もっぱらどんどん綺麗になっていく画像による出来の悪い三流映画の断片映像を垂れ流すだけ。子供用のご都合主義の変わりばえしないシナリオ。ゲーム性を伴わない演出ばかりが肥大化していく傾向は本当につまらなく感じたし、今もその嫌悪感は残っている。演出にかける時間が和製RPGは余りに長すぎる。だからやろうという気が起こらない。古いゲーマーの戯言かもしれないが、過剰な演出がゲーム性を殺した。そしてそれは僕が和製RPGを辞める事になった最大要因である。


シナリオ、映像が過剰になった理由
この理由はとてもとても簡単だ。
ゲーム性、インタラクティブ性のすばらしさを語ることが非常に難しいことに比べると、シナリオ・映像について賞賛することはあまりに容易だからだ。(勿論、シナリオや映像に対し優れた批評を加えることは容易ではない。)
どれだけ素晴らしいゲームシステムを持った作品であっても、その作品のシステムを絶賛することは難しい。困難を伴う、ゲームシステムについて熱心に語りたいと考えるようなゲーマーは多くても全体の5%程度なんじゃないか。それに対して、シナリオや映像美について、「泣けた」とか「○○は俺の嫁」だとか安直に言及するゲーマーは非常に多い。話題にならないシステムが優れたゲームは、結局のところあまり売れない。
シナリオ、映像を作りこめばある程度話題になることが期待できる。そして実際演出過剰なゲームは売れたのだろう。昔も今も。そうしているうちにゲームシステムについて探究心をもったゲーマーはどこか別のところへ行ってしまった。
ゲームシステム、インタラクティヴ性について批評する大きな声のメディアなんて日本には昔も今もない。ゲームを取り巻くメディアがゲームシステムについて十分批評しない限り、日本で素晴らしいゲーム性をもった大作和製RPGはできることは未来永劫ないだろう。


ゲーム批評の展望
ネットでは目新しくもないマスコミが全部悪い、という無難な結論にたどり着いたのですが最後にゲームを取り巻く批評の展望を考えてみたい。
ゲームシステムについて十分に取り上げず、メーカーの規模や投入された予算で評価を決めるようなマスメディアには何一つ期待できない。
批評の場として最も期待できるのはネットであることは誰も異論がないと思われる。
僕もそれほど多くのタイトルをプレイしたわけではないのだけれど、ネットで多くの人がゲームシステムが優れている、面白いと評価した作品は信頼するに足りるように思う。
そしてゲームに関してのブログが、比較的多くのアクセスを稼ぐことに成功していることを考えると、ゲームについてネットで情報を得たいと考えている人は決して少なくない。だから、ネットでゲームシステム批評が盛り上がれば、優れたゲームシステムをもった和製RPGが未来には出来る可能性もあるのかもしれない。

テーマ : ゲーム
ジャンル : ゲーム

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Author:夢念
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